こんばんは。オガサワラです。
楽しみにしていた番組で感想を書きたいと思っていたのですが…、ある程度、自分の中で考えをまとめるのに時間が掛かってしまいました…。
こちらの記事。
話題になったNHKの「終わらない人 宮崎駿」という番組での一幕。
ドワンゴの会長である川上量生さんがAIに動きを学習させた映像をプレゼンテーションしました。
このCGモデルは痛覚も頭が大事だという概念もないので速く動こうと頭を足のように使用して動きます。
この動きが人間の想像を超えた気持ちの悪い動きなのでゾンビゲームなどに活用できるのではないか、と発言されます。
それに対し宮崎駿さんは、「生命に対する侮辱」のように感じると難色を示しました。
ネット上では概ね宮崎駿さんの肯定意見多いように思います。
とはいえ宮崎駿さんは、この実験を否定しているわけではなく彼の描きたいリアルとはかみ合わなかっただけです。
だから自分達の仕事に繋げたいとは思わない勝手にやっていればよいと言われたのだと思います。
もちろん、川上量生さんに対しての擁護意見も存在します。
技術的な実験に対し感情論を持ち込むのはどうかなどのものです。
僕自身もどちらかと言えばそこまで問題なのだろうかと思ってしまう性質ですが…、宮崎駿さんの「生命に対する侮辱」という言葉の意味を捉えきれていないんじゃないかと思いよく考えてみました。
番組中での発言の概要をまとめると…
仲の良い身体障碍者の友達がいて彼とはハイタッチするのも筋肉がこわばって大変だと宮崎駿さんは語ります。
このことから、問題のCGモデルの動きが、その友達を思い起こさせたのは確かなのでしょうけれど…、話の核はそこではなくて。
作り手が痛みや頭を大事だという概念を無視しAIに学習させたというところが問題なのでしょうね。
本来であれば作り手も痛みが伴わなくてはならないと…。
例えば銃で撃たれるシーンを描く時は作り手も同じ痛みを想像していなくてはならないということなのでしょう。
宮崎駿さんの描く作品から溢れるリアリティや生命力はそういうところに起因しているのだろうと、強く考えさせられる出来事でした。