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loglog

『おもしろい!』が発見できる個人ブログを。

これからの情報化社会に置ける「知る」とは

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どうも。オガサワラです。

こちらのニュース。

www.itmedia.co.jp

正確な知識を身につけることをネットが困難にしている

検索ユーザーはネット上の知識と自分の知識を混同してしまう傾向があり、研究者は「正確な知識を身につけるのは難しいことだが、ネットはそれをさらに困難にしている」という

引用:ネット検索は「自分は賢い」と錯覚させる 米研究

本当にそうなのでしょうか。

僕は「知識を身につける」、「知る」という言葉の意味が今と昔では変わってきていると考えています。

インターネットで調べることが出来る知識って人間の脳をコンピュータで例えるところのファイルの所在がクラウドかローカルくらいの違いでしかないと思うんです。

大事なのは取得した情報を処理することであり理解度ではないでしょうか。

ただ危惧していることも分からなくはありません。

確かに理解した気になることにより理解を妨げることはあるかも。

でもだからといってネットが「正確な知識を身につけるのは難しいことだが、ネットはそれをさらに困難にしている」というのは違うかなと…。

そもそも正確な知識を身につけるのは難しいことというのは今も昔も変わらないわけです。

統計が取れるなら数字で出してみるとハッキリすると思うのですが、ある分野の正確な知識を身につけている研究者ってネットのない時代より現代の方が増えているんじゃないでしょうか。

単に敷居が低くなっただけなのでは? という気がしています。

正しい情報の取得が難しいのは、ネットのせいではなく情報を提供する側と取得する側の問題ですね。

ネット検索は「自分は賢い」と錯覚させる

ネット検索は「自分は賢い」と錯覚させるとのことですが、錯覚なのでしょうか。

正確な情報の取得が上手いか下手かというのはある意味では賢さに直結していると僕は考えています。

調べればわかることをいちいち覚える必要はない

アルベルト・アインシュタイン

この言葉の通りだと思います。

覚えることに労力を割くのは非効率です。

やはり大事なのは理解度であり理解しているなら覚える必要はありません。反復が必要な類の技術もありますからその辺りはケースバイケースで。

覚えるという機能を外部(ネット)に頼るとオフラインで人は脆弱になりますが、だからと言ってネットのような道具に頼るなというのはナンセンスでしょう。

そもそも人間の進化が道具の進化なのだから、おおざっぱな言い方をすれば「人間の能力=道具の利便性」だと考えることも出来ると思うんです。

ネットで正確な知識を引き出せるのは道具を使いこなしているのだから賢いのでは? というのが個人的な意見です。

なにわともあれ理解度

現代社会に誤った情報のようなノイズが増えるのは情報量が増えてるのだから当たり前で、そんな中から何が正しいのか何が信じられるのか、自分で情報を選択することが大事ではないでしょうか。

自分の意思でしっかりと選択するために様々な物事に対しより理解が深まるような生活を心掛けるしかありませんよね。

先ず疑ってみろといいますか…、「こういうものなんだ」という力技のような覚え方って危険だと思うんです。

理解していないと間違いなのかどうかも判断できないし、そもそもそれが本当に必要なのかどうかも分からない。

仕事とかでもよくあると思うんです。上司に、こういう決まりだからと理不尽に突き放されること。そんな時は不毛だなーと思います。

でも逆に論理的に説明してくれたりしたら、この人はすげえ!! この人の下で良かったと思います。


と、そんなことを考えさせられるニュースでした。