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正義と正義がぶつかり合う漫画「エクゾスカル零」

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どうもogasawaraです。
今回は山口貴由ワールドを語る上で避けては通れないであろう漫画「エクゾスカル零」のことを紹介します。ちなみに完結済みで全8巻です。

討つべき悪も守るべき人類もここにはいない

それぞれの時代で正義の戦士として人々を守ってきたヒーローが、文明が完全に崩壊した世界で目覚め、これまでの正義や守るべきものが存在しない、絶望の世界での出会いや闘いを描く、という物語構造を取っている。主要キャラである「エクゾスカル」所有者はいずれもそれぞれが生きていた時代の主人公であり正義のヒーローという設定で、各自が主人公としての戦いの履歴や設定を持っている。
作中では彼らの回想シーンなどの際、各作品のタイトルとともに、所属・敵対していた組織などの内容が明らかになっている。
また、エクゾスカル所有者達には「七つの大罪」をモチーフにした、罪を意味する用語が1つずつあてがわれているのが、本編や単行本の紹介文などで明かになっている。

ウィキペディアより引用

コールドスリープで長い眠りから目覚めてみるとそこは既に文明が滅び人類はただ静かに終わりを待つだけの世界。かつてのヒーロー達はそんな世界で目覚めます。目覚めた7人のヒーロー達は自らの時代で各々に自らの信じる正義を貫き人類を守った者達です。そんな時代でヒーロー達は悩み、けれども自らの信じる正義を貫こうとし、その結果衝突してしまいます。討つべき悪も守るべき人類もいない世界でぶつかり合う正義。「エクゾスカル零」は、そんな正義の物語です。

葉隠覚悟と九十九猛の正義

葉隠覚悟は牙を持たぬ者を守るという自らの正義を病的なまでに貫きます。文明の滅んだこの世界に適応し知性を捨て過酷な状況でも生きられる様に進化した新人類、旧人類とは似ても似つかない彼らを葉隠覚悟は守る対象とは認めず、旧人類が滅んでいくのをただ見守るという選択をします。

葉隠覚悟と同じくコールドスリープから目覚めたヒーローの一人、九十九猛は生きようとする意志を尊重し新人類の側につきます。これにより二人の衝突は必至となります。

葉隠覚悟と動地憐の正義

滅び行く人類を見守ることを選んだ葉隠覚悟、生きようとする新人類を守ることを選んだ九十九猛、この二人とは違う正義を持つ動地憐も己の信じる正義を貫こうとします。
その動地憐の正義は、人間の火を守ることだと言います。これは非常に漠然としていて、様々な解釈が出来ると思うのですが、この辺りはあまり詳しく書くと大きなネタバレになるので、詳しくは漫画本編でどうぞ。

正義にも様々な形がある

作中に登場する正義で九十九猛の正義と動地憐の正義を紹介しましたが、一口に正義といっても、それは時代によってもその時に置かれている立場によっても変わるものでしょうし、もちろん正義を行う者の元々持っている個性もあるでしょうし、まあよくもここまでこじれてしまうものなのだと読者としての胸中は複雑ですが、この煮え切らなさや絶望感というか悲壮感というか…、まあとにかくこの感じが「エクゾスカル零」の大きな魅力になっています。

7人のヒーローは七つの大罪がモチーフになっている

正義のモチーフが大罪だなんて、かなりシニカルですよね。この点が魅力的ではあります。
誰がどの大罪をモチーフにされているのかを挙げていくと、こんな感じです。

葉隠覚悟=傲慢
九十九猛=暴食
初夜六花=姦淫
現人鬼散=憤怒

と自身の持つ大罪を明かされているのがここまででここから先は個人的なごく解釈です。

動地憐=強欲
黒須京馬=鬱
兵頭伊織=怠惰
御菩薩木紡=虚飾

何故上記した様に登場人物に大罪を割り当てたかなのですが、動地憐は物語の中でその強欲さを指摘され尚且つ自身もその自覚があるので、ほぼ強欲で間違いないと思います。御菩薩木紡にしても物語を読み進めると、恐らく虚飾であるという結論に辿り着くのは納得して貰えると思います。ただし問題は、鬱と怠惰です。黒須京馬の雰囲気で鬱かな~と思ったのと、あとはもう消去法で兵頭伊織=怠惰ですw
異論は慎んでお受けしますm(__)m

ひとこと

僕が個人的に「エクゾスカル零」で魅力に思う点は、終末感が溢れる世界観、「覚悟のススメ」時代より強化外骨格がカッコイイ、そしてなによりスターシステムが随所に取り入れられており山口貴由ファンは想像力の翼をバサバサ出来るのが最大の魅力ではないだろうかと思います。

この記事により少しでも「エクゾスカル零」の魅力を伝えることが出来たなら幸いです。ここまでお付きあい頂きありがとうございました。

エクゾスカル零 1 (チャンピオンREDコミックス)

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